「お前の望むままに。」
          ファントムはそう言って小さく笑った。

望むままに。


「チェスをしない?」

とある夜。

食事を終えた後の緩んだ時間に、クリスティーヌはファントムを誘った。手には既にチェスの駒と盤を抱えている。
勿論と二つ返事で受けたファントムは、クリスティーヌの細い腕から荷物を受け取った。
そして机の上にゲームの用意をする。
向かい合うようにして腰を下ろしたクリスティーヌも、自分の駒を並べだす。
キング、クーン、ナイト…想いの外慣れた手つきの彼女に、ファントムは仮面の下で少々驚いた。クリスティーヌが駆け引きの必要なゲームが得意だとは、どうしても思えなかったから。
意外な一面を発見した気分で、自分の駒も整然と並べていく。
2色の駒がきちんと並ぶと、ゲームの開始だ。
先攻のファントムがまず駒を動かした。ポーンを前へ。

「ねぇ、一つ賭けをしましょ。」

クリスティーヌもポーンを動かしながら、悪戯を思いついた子供の瞳でファントムを見上げた。

「賭け?」

また一つ駒を動かしてファントム。

「そう。負けたほうが勝ったほうの言うことを一つだけ聞くの。なんでもよ?」

楽しそうなクリスティーヌに、彼はほんの少し眉を顰めた。
面白そうな趣向ではあるが、彼女の狙いが読めずに返答に詰まる。
無茶なことを言うような少女でないことはよく知っているが、それでも何を言われるか分からないというのは不安に思うところがある。

「あら?嫌なの?私に負けるのが怖いのかしら。」

ふふ、と軽く笑ったクリスティーヌに、元来の負けず嫌いが不安を凌駕した。

「いいだろう。受けて立とう。」

決めてしまえば迷うことは無い。調子よく駒を動かしていく。
勝てばいいだけの話なのだ。勝てば言うことを聞かせられる。
幸いにしてファントムはチェスは得意だった。また、ゲームに必要な心理戦も。
テーブルの端に肘を付き、その上に顎を乗せて盤面を見下ろす。
速いペースで進んだゲームは、もう何個も駒が欠けている。
ふむ…と一度落ち着いて盤面を見つめなおしたファントムは、クリスティーヌを追い詰める罠を頭の中でシュミレートしていった。
いくつかの戦略を組み立て駒を一つ動かせば、即座にクリスティーヌも反応する。
その手の的確さにファントムは彼女に対する認識を改めざるを得なかった。

これは巧い。

「一体どこでチェスを学んだんだい?」

いくつもの戦略を組み立てては消し、次の手を計算するためにファントムの脳は全速力で回転していた。
一手を出す速度が遅くなってくる。
それだけクリスティーヌの腕前が見事だということだ。

「小さい頃はお父様と。オペラ座に来てからは…そうね。マダムや寄宿生達とよく遊んだわ。」

悩んでから駒を動かすファントムとは逆に、クリスティーヌは迷うことが無い。
潔いまでの速さで返してくる。

「以外だったよ。お前がここまでの腕だとは思わなかった。」

「ふふふふ。結構やるでしょう?コーラスガールの中では負け知らずだったんだもの。」

チェスで勝負を仕掛けてきただけのことはあるようだ、とファントムも納得する。

しかし、と思った。
しかし詰めが甘いようだ。
慎重に幾重にも張り巡らせていたファントムの罠。その中にクリスティーヌは一歩踏み込んでしまった。
にやりと彼の口角が持ち上がる。
後はこの罠の口を閉じて彼女を絡め取ればいいだけだ。
くつくつと楽しげに喉を鳴らしたファントムに、クリスティーヌが怪訝な瞳を向けたがもう遅い。

「そこでよかったのかい?」

張った罠を完成させ、もう逃げられないようにしてからファントムが問うた。

「え……?…あっ。」

気づいたときにはもう何処にも逃げ道無く追い詰められていた。
どんなに足掻いても負けが見えている。

「もう!あとちょっとだったのにっ!」

悔しそうにキングの駒を倒し、敗北宣言をした。ぷぅと頬を膨らませて完全に拗ねた子供の様相を呈している。
膨れっ面でも愛らしい彼女の姿に、ファントムは再び喉を鳴らして瞳を細めた。

「さて、私の勝ちだ。何でも言うことを聞いてくれるんだろう…?」

先ずはこっちへおいでと腕を伸ばせば、膨れたままのクリスティーヌがそれに従った。
指を絡め引っ張る。そのまま膝の上に華奢な体を乗せ、腕の中に閉じ込めてしまう。
悔しさを隠そうともしない彼女の瞳を覗き込み、ファントムは楽しそうに口を開いた。

「では聞かせてもらおうか。お前が勝ったら、私に何を強請るつもりだったんだい?」

聞かれたクリスティーヌは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。それから再び膨れ。

「ずるいわ、そんなの。貴方のお願いを言ってくれなくちゃ。」

「だから言っているだろう?ほら。何でも聞くんじゃなかったのか?」

言うことは守らないと。
彼女の細い腰を撫で上げながら囁く。
優しい指の感触に、膨れっ面も段々と萎み、諦めたようなため息に変わった。

「わ、笑わないでよ…?」

困ったように眉尻を下げ、少しの恥ずかしさに頬を染めたクリスティーヌはファントムの耳元に唇を寄せた。

キスして。抱きしめて。一晩中貴方の腕の中で眠りたいの…。」

至近距離であっても尚聞こえにくいほどの小ささで囁かれた彼女の願い。
しかしそれはファントムの心を幸せで満たす願いだった。
自然と沸き起こる笑みを浮かべ、腕の中の温もりをきつく抱きしめる。
こんな可愛らしい願いならば、何時まででも叶え続けてやりたい。

「お前の望むままに。」

柔らかな低音が笑みを含んで囁くと。
彼女の願いを叶えるために、そっと唇が重ねられた。




stamp九十九いずみ様から頂きました。
カウント2001Hitリクエスト、「お前が望むままに。」という台詞を使った映画版ファントム×クリスティーヌ

いちゃいちゃです。た ま り ま せ ん !
2人のチェス対戦も攻め方の違いが性格が出ていていいですよね!
クリスの可愛い望みは男心をくすぐります。ファントムにしたら自分がお願いしたいくらいではないでしょうか?幸せ者め。
あぁ…しかし膝乗せ腰撫でですよ、マドモアゼル。ジェラルドファントム極まれり!と言う感じです。
全編萌えまくり。
九十九さん、素敵なSS、本当にありがとうございましたっ!!

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