桃……それは、あなたに夢中ってこと。

有難う。


ファントムはまた時計を見上げた。
これで何回目だろうか。先程見たときから、まだ5分と経っていない。

「くそ…っ!」

苛立ちを隠せず、舌を鳴らした。
それもこれも全て、彼が愛する歌姫の所為だ。
何時ものように彼女を地上まで送り届けたのだが、『今日はお迎えには来ないでね?』などと厳命されてしまったのだ。
クリスティーヌのお願いに弱い彼は、渋々それを承諾したのだが…。

「まだ帰ってこないのか…!」

とうに練習時間は終わっているはず。なのにクリスティーヌの帰ってくる気配すらしないのだ。先ほどから苛々と室内を歩き回り、時計を見上げては幻滅し、地底湖の入り口の方を何度も何度も振り返る。しかし愛しい彼女の姿が見えることは無い。
一人で鬱々と地下に居ると、悪い考えばかりが思考を支配していく。
まさか…本当は此処が嫌で逃げ出したとか?
まさか…あの小生意気な若造とデートにでもいってしまったとか?

「そんなことは許さんぞ!」

クリスティーヌに求婚していた子爵の顔を思い出すと、ファントムは腹いせ混じりに傍にあった燭台を倒した。
がしゃんと鈍い音が響く。
幾つかの灯りが消えて、ファントムは漸く我に返った。

「…………やっぱり迎えに行こう。」

此処で不安を抱えて鬱々としているよりは、迎えに行ってクリスティーヌに怒られたほうがよっぽどマシだ。
そうと決めてしまえば彼の行動は早い。
マントを手に取ると、使い慣れたボートに片足を突っ込んだ。

「ファントム?どこかに出かけるの?」

丁度その時。
予想外からの方向から、鈴を転がすような少女の楽しげな声が響いた。勿論クリスティーヌの声である。
どうやらいつもと違う道から帰ってきたようだ。ファントムの背後に立ち、きょとんと小首を傾げて彼を見つめている。
クリスティーヌの姿を見た瞬間、ファントムの胸の内には言いようもない安堵と少しの気まずさが生まれた。いそいそとボートから降り、彼女の方へと足を向けた。

「いや…出かけるわけでは、ないのだが…。それよりも遅かったではないか。」

心配した、と囁けば、ちょっと肩を竦めてクリスティーヌが謝る。

「ごめんなさい。ちょっと探し物をしていたら遅くなってしまって。」

「探し物?」
「そう。これを、貴方にって。」

にっこりと笑ってクリスティーヌが差し出したものは。
一枝の桃の花。ここパリで見ることは珍しい、樹に咲く淡いピンクの美しい花。
にこにこと差し出された花を受け取り、ファントムは戸惑った瞳を向けた。

「これを、私に……?そのために、迎えに来るなと…?」
「そうよ。驚かせようと思っていたから。」

どうやら成功したみたい、と嬉しそうに笑ってクリスティーヌは、彼に抱きついた。その広い胸に頬を埋めて瞳を閉じる。
ファントムの背中に回した腕に、力を込めた。

「いつも傍に居てくれて有難う。ファントムが居てくれたから、今の私が存在するんだわ。本当に、ありがとう。」

ファントムの胸に埋まりながら囁いた言葉は、直接にファントムの心臓に届き胸を締め付けた。苦しいくらいの愛おしさと感動とで、息が出来なくなる。何かを言おうとして…言葉が出ずに唇を閉じ。
ただそっと、クリスティーヌの腰に腕を回した。

「……礼を言うのは私の方だ。…お前が傍に居てくれることに、限りない喜びと感謝を…。」

腕の中にある温もりを確かに抱きしめながら、ファントムはクリスティーヌの額に口付けを送った。



stamp九十九いずみ様から我がサイト40万Hits&5周年のお祝いに頂きました!!
大感激です!お祝いを頂けるなんて凄く嬉しいv
40万を踏んだのが4月12日だったんですが、4月12日の誕生花が桃。花言葉が「あなたに夢中・あなたの虜」。ファントムのオロオロっぷりが可愛くて仕方ありません。1人で色々想像して大フィーバーしている辺り最高です(笑)。あぁ、なんて可愛いSSなんだろう!しかも上に張った「春」のイラストをイメージして書いてくださったそうで、こんなに素敵なお祝いを頂けて本当に幸せです

いずみさん、素敵なお祝い本当にありがとうございました!!

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