花火


◆◆◆

 町中は騒がしくて、華やかで、一つの方向にむかって人々は川の様に流れていた。
 いつもより鮮やかな色、楽しげな声。
 ふりむけば、後にぴったりとついていたはずの妹の姿がない。
 「…るぅ?」
 
 「獅子丸、獅子丸〜」
 必死に自分を呼ぶ声がした。
 いつのまにか流されて人垣の向こうになった手が、あぷあぷと泳でいる。
 るぅ自身は目立つ兄の、文字通りに人垣を抜きんでて背中を見失ってはいないのだもけれど、見えていてもままならない事もある。
 そこまで辿りつけないまま流されて、泣きべそ声で助けを求めている。
 一段背の低いるぅは、油断すると人垣に流されて挟まってしまう。
 だから、いつもはしっかりと手を握って離れないのだが、
 …今日はるぅにとっては『特別』だったのだ。
 人をかき分けて迎えにくる獅子丸は、いつもの墨白を組み合わせた僧衣ではない。
 粋に着こなした藍染めの浴衣で、ゆったりした襟から太い首から喉元よくしまった褐色の胸板が覗く。がっしりと厚みのある肩と胴で渋い色を着こなす浴衣はと、年よりも落ち着いた貫禄と引き締まったたたずまいに見えた。
 獅子丸は知るよしもないが、通りすがった町娘が幾人も彼を振り返っていく。
 『今日の特別』
 ちいさな妹は、着替えた兄が嬉しくて、前に後にうきうきと廻ってみてるうちに押しながされていたのだ。 
 
「ほら、はぐれない様に気をつけろ」
大きな躯で、人混みの流れから、るぅを包み囲う。
「はぐれない…っ」
るぅは半ベソのまま、慌てて腰にすがりついた。
いつもと違う背中が、なんだかとても特別な気がして、いっぱい見ておかないととおもったのだけなのに。
「離れると恐い」
「もう大丈夫だ」
 そう大きな手が頭を撫でたとき、すれちがった娘達が、あら?と言った顔で「結構いいよね」「うん」とたわいなく呟いたのが聞こえた。
鼻の頭を赤くしたベソ顔のまま、るぅはその会話を目で追う。
天気の話、今日の出し物の話、着物の事、会話はすすみ、娘立ちはまた雑踏にまぎれる。
「今、獅子丸誉められたよ!」
 さっきまでのベソはどこへやら、自分の事の様に嬉しくて、うきうきと報告する。
「…そうか?よく解らなかったが」
 獅子丸はちょっと困った笑いでそっけなく受け流がしたが、その愛想のなさも嬉しかった。
(獅子丸はるぅのだから、デレデレしたりしないのです)
 迷わず離れない様、羽の下に雛を隠す鳥の様に、薄っぺらな妹の小さな肩に腕をまわし保護する手は、いつも自分にだけ温かい。
「えへへへ」
妙に機嫌よく、ぎゅうと縋り付く。
「…何だ、なんだか変だぞ?」
「変じゃないよぉ、お祭が楽しいだけだよ?」
奇妙に笑みを絶やさない妹に、獅子丸も流石にいぶかしぎはじめた。
(…なんだ?…この酒に酔った時の様な脈絡のなさは???)
照れ笑う顔は、ほんのりと朱なのだが、連なる提灯のかすかな明りと雑踏の喧騒で獅子丸には見てとれない。
「そう…か…?」
(前は、こんなに浮かれていなかった気がするんだが…)
 何気ない衣替えが、こんなに妹を浮かれさせているとは夢にも思わない。
 納得した様な、釈然としない様な気分で、ぽりぽりと首筋を掻いた。
 自分の事に頓着する性質でもなかったし、山寺の僧が乙女心の機微に聡い訳なぞありもない。
 無骨な僧兵は疎いが故に、たった1人の小さな妹を大袈裟な程の丁重さで守っているのだ。

「変じゃないもん」
獅子丸はいつもと何も変らない獅子丸なのだけれど、ほんのちょっと違うだけで、知らない男の人といっしょに歩いているみたいで、どきどきした。
 
 ___うん、そう。
 男の人な獅子丸と一緒に歩いている。
 男の人と2人で歩いている。
 
 雷鳴の様に閃いた。
 …だとしたら、これはデートと言うやつに似てはしないか!
 
「獅子丸!手繋いで!」
 るぅは急に嬉しくなって、通りすぎた恋人達をまねて、太い腕にか細い腕を絡めて指を組もうとした。
「はやく、はやく!」
「しっかり握っていろよ?」
 ゆっくり。
 兄の手は、睦み会う彼等と同じ位に優しく差しだされた。
 いつもと何も変らない態度にも、心臓が跳ねるのを押さえ切れない。
 艶っぽく並んであるく恋人達を思いだして胸がときめいた。
(こうやって〜)
どきどきしながら、自分の腕の2倍はあるがっしりした腕にしなだれかかった。
褐色の逞しい腕に、白く透明な肌がかぶる、その色合いは通りすぎた恋人達とも変らない。
 が、
 …あまりに長さが違いすぎて、艶っぽく絡まるはずに指は、がっしりした指の間にちんまりと小さな爪がのぞいているだけ。掌も大きな褐色の半分もいかぬ場所に小さな紅葉がただひっかかっている様にしかみえない。腕も二の腕には届かずなんとなくしなだれかかっていると言うよりもぶらさがっている風情だ。
 ___これは、全然格好よくない…。

「…獅子丸、やっぱり上いきたい」
なんだか、不釣り合いと宣告された様な気がして、ぶ然としてそのまま腕を引い抜いた。
「手じゃなかったのか?」
 臍をまげた気配を笑いながら、獅子丸が腕を伸ばした。
 軽々と引き寄せられ、そっと差し出された片腕の上に腰かけて、甘えた様に胸にすがる。
 胸の中にすっぽりと納まると、洗い立てな浴衣からお日さまと獅子丸の匂いがした。
 ___いい匂い、大好きな匂い。
 凸凹にもならない大きさの差は、あいかわらず艶のかけらもなく、どちらかといえば仲むつまじ親子の様なのだが、少なくとも抱きとめられている分は、それっぽい選択な気がした。
「この方がいいかもしれんな、よく見える」
 低い声が頭のすぐよこで呟く。
 ざっくりと開いた襟から、咽を震わす低く落ち着いた声のビブラートが素肌ごしの熱とともに着重ねた僧衣よりもはっきりと伝わってきた。
「うん」
どぎまぎしながら答える。
(やっぱり、こっちの方がいいや…)
心地よい感触にもっとぴったりとすがりつく。
「なんだ、上をみていても取り落としはしないぞ」
「いいの。獅子丸は大きいから、落ちたらるぅ大変なんだから」
どうせ嘘だと見破られてしまう言い訳をして、とりすました。
一度だってそんな心配をした事はないくせに。
「甘ったれだな」
「ちがうもん」
 そうやって、こそばゆく響くビブラートにゆっくりと幸せを感じていたのもつかの間、突如長くのびる笛の様な音が夜空を裂く。
 雑踏が瞬間音をとめ、…一拍おくれて、わぁ!と言う歓声が花開く。
 誰も彼もが空を見上げた。
 墨を流した様な空に、流れゆく光の筋。
 あるものは、赤く長く長く。
 あるものは、チラチラと明滅しつつ砕けながら。
 空いっぱいに、光の華が開く。
 それは夜気を裂く様に激しく現れ、鮮烈に咲き、そしてあまりにも儚く消えてゆく。
「おお…」
 光に照らされて、獅子丸が声を上げた。
 その目にはらはらと、光の筋が糸をひき流れていくのが写る。
「凄いな、随分大きかったぞ」
珍しく興奮ぎみの獅子丸が声を弾ませた。
「どうやったら、ああなるんだろうな」
るぅは目も丸くして上を見上げていた。
「__うん。びっくりした」
 胸がどきどきする。

 もう一度、獅子丸は空に散る、光の華を見上げていた。
 だが、るぅは空を見上げる途中でもっと別の物に心を奪われていた。
「綺麗だな」
「そうだね」
 弾んだ声の獅子丸と返事を返したるぅは、実はまったくかみあっていない。
 
 るぅは目を見開いてじっと見ていた。
 獅子丸が、少年の様に無邪気に空を見上げる姿を。
 (びっくりした、びっくりした)
 (獅子丸、こんな風にも笑うんだ!!)
 
  いつもの慈父の様な笑いも、真剣に諭す顔も、全部大好きだけれど。守ってくれる人の顔でなくて、獅子丸が獅子丸らしく笑う顔をまじまじと見たのははじめてかもしれない。
 (今日は色んな獅子丸が見れてすごい!)
 
「…なんだ?上、ちゃんと見てるか?」
やっと、るぅの不自然さに獅子丸が気づいた。
「うん、みてる」
こくり。真剣に頷いた。
それでも、視線の先が斜20度程足りなくはなかろうか?
「俺を…見てないか?」
「うん」
 間違いなく。
「…い、いや俺でなく」
じっと見つめる視線に、獅子丸が慌てた。
そうでなくて、花火を…そう言いかけたとき、
「うんとね、惚れなおしたって言うやつなの、気にしないで」
生真面目な顔でるぅが先を取った。
「ほ…」
 気にしてくれるなと言って、気にしない内容ではない。
 息を飲んだ獅子丸はそのままに、再びひゅうと夜気を裂く音がした。
 「ほら!また上がったよ!」

 ぱん。
 ゆったりとした破裂音に続いて、今度は煌めく光の柳木と煌めく葉が散った。

「綺麗だねぇ」
「あ、ああ」
 そう言って笑いながらも、るぅ視線はまた自分の横にある。
 獅子丸はあいまいに笑いながら、落ち着きない気持ちで空をみた。
 
 それから随分沢山の華が空に開いたのだけれど、獅子丸が覚えているのは半分もない。
 目には写っていたのだけれど、皆忘れた。
 飽きるまで横顔を眺めたるぅが、帰りに背中で寝息をたてるまで、何もかもが気もそぞろだった。
 
 今は、背中も静かだ。
 「いったい…なんだったんだ…」
 乙女心は、男には難しい。






真尾さんから頂きました!
真尾さんからは、実はかなりの数のSSを頂いていて、どれもこれも公開したい萌SSなのですが、一向に【貰】頁が出来ない為、私のみが楽しんでいるという贅沢な状態になっております(うへへ)。
いつまでも公開しないというのも激しく勿体ないので、この絵を掲示と同時にアップさせて頂きました。
るぅちゃんが可愛いんですわ。本当に無垢で可愛いんですわ。
獅子丸をいつもいつもオットコマエに書いて下さり、萌SSまで書いてくれる真尾さんには、毎度毎度感謝しております!

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